捨てる判断は、現場の中では下せない|技術部門の改革が足し算で止まる理由
公開 2026-08-12
技術部門の改革やテーマ推進が止まっているとき、会議で出てくるのはたいてい「次に何を足すか」です。どのツールを入れるか、どの機能を作るか、どの体制を追加するか。ところが、実際に前へ進んだ事例をよく読むと、先に何かを捨てています。そしてこの捨てる判断は、担当部門の中では原理的に下しにくい。本稿では、その構造と、捨てる判断を先に決めるための具体的な決め方を整理します。
結論を先に書きます。足し算で届かない目標は、施策の数を増やしても届きません。 足りないのは施策のアイデアではなく、「何を残し、何をやめてよいか」という基準です。そして基準は、現場の下から積み上げるのではなく、上位が先に示すものです。
なぜ技術部門の改革は、足し算では前に進まないのか
「工数を3割減らす」「開発期間を半分にする」といった総量の目標が下りてきたとき、各部門はまず自分の担当範囲でできることを考えます。外注化、標準化、ツールの導入、自動化。どれも正しい打ち手です。
しかし、これらを全部積み上げても目標に届かないことがあります。理由は能力でも熱意でもありません。部門が出せる施策は、いまの業務がそのまま続くことを前提にした改善に限られるからです。
目標の水準が大きいほど、必要になるのは次のような判断です。
- その業務を、そもそもやめる
- その役割を、別の部門や外部へ移す
- いまは分かれている機能を、統合する
いずれも担当部門の権限の外側にあります。自分の所掌を減らす提案を、自分から出すことは構造的に難しい。だから現場からは局所的な改善しか出てこず、積み上げても足りない、という結果になります。
ここで起きているのは、能力の問題ではなく順番の問題です。 施策を集めてから判断するのではなく、判断の基準を先に置いてから施策を集める。順番を入れ替えるだけで、出てくるものが変わります。
工程を1つ消したことが、納期を3分の1にした
外部の発表から、分かりやすい例を1つ引きます。
株式会社酉島製作所は2026年7月22日、「金属3Dプリンタで、納期短縮と長寿命化を実現!」と題する発表を行いました。同社の発表によれば、老朽化した社会インフラ用ポンプの「一体型プロペラ(羽根車)」に金属AM(Additive Manufacturing:積層造形)技術を活用し、兵庫県下の河川排水ポンプ場の整備工事において、従来の鋳造プロセスで約6カ月要していた納期を3分の1(1.5〜2カ月)に短縮したとされています。
注目したいのは、短縮の理由です。発表資料には、従来の製作プロセスがこう書かれています。
①木型の製作→②鋳型の作成 →③金属の鋳込み→ ④型ばらし・仕上げ→⑤ 精密機械加工
そして同社は、金属粉末を直接溶融・積層する「木型レス造形」により、前準備工程を大幅にカットしたと説明しています。つまり、5つ並んだ工程のうち、いちばん頭にある「木型の製作」を消したということです。発表資料は、1点ものの手配ごとに高額な木型費用が発生することも、それまでの深刻な課題だったとしています。
機械が速くなったから納期が縮んだ、という話ではありません。 着手の前提になっていた工程を1つ捨てた結果として、後ろが全部詰まった。これが、捨てることの効き方です。
同社はあわせて、羽根とボスを別の金属で作りボルトで組んでいた構造を、高耐食ステンレス鋼による完全一体の造形に変えたとしています。接合部の隙間が無くなることで、長期使用時のガタつきや異種金属の接触による電食のリスクを根本から排除した、という説明です。「組み立てる」という工程そのものを捨てたとも読めます。
※ 補足として、同社は「最短2週間で製作可能」とも述べていますが、これは製作能力についての記載です。実際の適用事例で報告されている納期は1.5〜2カ月であり、2つの数字は分けて読む必要があります。
何を捨てるかを決める2軸(当社の支援経験から)
では、何を捨てるかはどう決めるのか。当社がご一緒した検討から、実際に使った決め方を1つ紹介します。
ケーブルメーカーの事業検討で、起こり得るトラブルを幅広く洗い出したところ、40種類近くが並びました。全部に手を打つことはできません。そこで、次の2つの軸で絞り込みました。
| 軸 | 見るもの | この軸だけで選ぶと |
|---|---|---|
| 損害の規模 | その事象が起きたとき、顧客にとってどれだけ重いか | 大事だが、自社が勝てない領域に落ちる |
| 自社の技術的な強み | 自社がそこで勝てるか | 勝てるが、誰も困っていない領域に落ちる |
2軸で絞った結果、注力するトラブルを半分以下に、注力する技術を2つに絞り込むことができ、その先の技術開発の方針とパートナーの組み方まで一続きで決まりました。
片方の軸だけで選ばないことが要点です。 重要度だけで選ぶと、大事だけれど自社では勝てないテーマが残ります。勝てるかだけで選ぶと、勝てるけれど誰も困っていないテーマが残ります。どちらも、あとから「なぜこれをやっているのか」が説明できなくなります。
なお、この案件は事業の仮説を立てる段階(Phase1)の取り組みであり、サービスの立ち上げや受注に至ったものではありません。ここでご紹介しているのは成果ではなく、絞り込みの決め方です。
捨てる判断を先に書くための3つの型
実務で使える形にすると、捨てる判断は次の3つのどれかで書けます。始める前に、このうち1つを1行決めておくだけで、後の議論がまったく変わります。
| 型 | 書き方 | 例 |
|---|---|---|
| 期限型 | いつまでに何が確認できなければ、いったん止めるか | 「12月末までに現場3部門で使われていなければ、横展開はしない」 |
| 数値型 | どの数字がどの水準を下回ったら、対象から外すか | 「1件あたりの処理時間が現行を下回らなければ、この工程には広げない」 |
| 前提崩れ型 | 何が事実でなくなったら、前提ごと組み直すか | 「必要なデータが3カ月で揃わなければ、データ前提の設計をやめる」 |
書くときに気をつける点を3つ挙げます。
1. 「うまくいかなかったら見直す」は基準ではありません。 誰がいつ見ても同じ判定になる言葉にします。判定できない基準は、書いていないのと同じです。2. 捨てる判断は、始める前にしか書けません。 走り出してから決めようとすると、そのときには関係者が増えていて、止める話が誰かの評価の話になります。着手前なら、まだ誰の話でもありません。3. 捨てた理由は必ず残します。 稟議を通す力は、やることの説明よりも、やらないと決めたことの説明から出ます。「検討しなかった」と「検討して外した」は、決裁者にとってまったく違います。
捨てる判断は、誰が出すのか
最後に、いちばん大事な点を1つ。
捨てる判断は、現場に問いかけても出てきません。 前述のとおり、自分の所掌を減らす提案を自分から出すのは構造的に難しいためです。現場に基準の作成まで求めると、結局は「いまの業務を前提にした改善案」が戻ってきます。
順番はこうです。
1. 上位が、残す・やめるの判断基準を先に置く(このとき粗くてかまいません。否定してもらうためのたたき台として出します)2. 現場は、その基準に照らして自分の業務を仕分ける3. 既存の改善施策は捨てずに、廃止・簡素化・移管・自動化の4つの観点で置き直す
3番目が抜けると、現場にはこの取り組みが「これまでの努力の否定」に見えます。この取り組みは、現場を否定するためのものではなく、現場が判断できるようにするためのものです。ここを言葉にしておくと、進み方が変わります。
まとめ
- 総量の目標は、施策を積み上げても届かないことがある。足りないのは施策ではなく、何を残し何をやめてよいかの基準
- 捨てる判断は担当部門の中では下しにくい。所掌を減らす提案を自分から出すのは構造的に難しいため
- 外部の事例でも、効いているのは道具の速さではなく、着手の前提になっていた工程を1つ捨てたこと(酉島製作所の発表・2026年7月22日)
- 何を捨てるかは、損害の規模と自社が勝てるかの2軸で決める。片方だけだと必ず偏る
- 捨てる判断は、期限型・数値型・前提崩れ型のどれか1つで、着手前に1行書いておく
技術部門のテーマで「何を捨てるか」を決める場面は、社内の力関係や過去の経緯が絡むほど、内側だけでは進みにくくなります。当社は製造業の技術部門の外部参謀として、実装を受注しない立場から、判断の基準づくりとその文書化をご一緒しています。いま止まっているテーマがあれば、どこで止まっているのかの見立てからお話しできます。
出典
- 株式会社酉島製作所 News Release「金属3Dプリンタで、納期短縮と長寿命化を実現! ~老朽化ポンプの整備に、最新AM技術の活用を拡大中~」2026年7月22日(`https://www.torishima.co.jp/news/attachments/news-additive-manufacturing-20260722.pdf`)
- 当社の支援経験(ケーブルメーカーの事業検討・Phase1)は匿名化済みの社内ナレッジに基づきます。段階は事業の仮説立案であり、事業化の完了ではありません。
いま止まっているテーマは、ありますか。
初回は、相談したいテーマと現状のお悩み、テーマの推進に掛けられる予算規模の2つを一緒に確認します。「まだ相談する段階か分からない」という状態でも構いません。
