設備投資の稟議の書き方|差し戻される原因は、様式ではありません
公開 2026-09-09
設備投資の稟議が、また戻ってきた。金額も、投資回収年数も、根拠の数字も揃えたはずなのに、決裁者の手前で止まる。この記事の結論を先に書きます。止めているのは書き方ではなく、①誰の決裁で決まるかを確かめていないこと、②決まっていない項目が1つ残っていること、の2つです。 検索して出てくるのは記入漏れや日付の誤りを防ぐ話ですが、技術部門で起きている差し戻しは、そこではありません。
なぜ設備投資の稟議は、計算が合っていても差し戻されるのか
生産技術を20年やってこられた方が、2026年8月14日に自身の記録を公開しています。「投資回収は計算した。1.70年で通るはずの案件。それなのに、稟議が戻ってきます」(原文のまま)。
その方の試算では、稟議が1か月止まると発注が1か月遅れ、量産開始も1か月遅れ、その案件で失う粗利は約927万円でした。これは一般企業の平均ではなく、その案件についてのご本人の試算です。 それでも、桁として何が起きているかは伝わります。
同じ記録に、原因を1文で言い切った箇所があります。「決まっていない項目があるまま稟議を出すと、その1項目のために全体が止まります」(原文のまま)。
止まっているのは案件の良し悪しではありません。決裁者が「判断できない」状態のまま回ってきているだけです。同じ方はこうも書いています。「決裁者に判断させるのではなく、判断の材料を揃えて渡すのが目的です」(原文のまま)。
なお当社が2026年9月7日に、技術者が書いた記事2,510本を機械で数えたところ、「稟議」が254本・「決裁」が108本・「差し戻し/戻ってくる」が67本に現れました。一方で「上が決めない」は0本でした。現場は、決裁者を責めていません。手前の作りに問題があることを知っています。
出す前に確かめる3点
1. 誰の決裁で決まるかを、金額だけで判断しない
多くの職務権限規程は、金額の階段だけでなく「何を買うか(契約の類型)」でも決裁者を分けています。 公開されている社内規程の記述を2つ、逐語で挙げます。
| 会社 | 規程の中身(逐語) | 出所 |
|---|---|---|
| 株式会社東精エンジニアリング(東京精密の連結子会社) | 1,000万円以上は社長/1,000万円未満は担当取締役/500万円未満は部門長/100万円未満は課長/50万円未満は主任 | 2021年3月15日 第三者委員会 調査報告書 p15 |
| 株式会社建設技術研究所(東証プライム) | 部室長は、300万円未満の外注稟議の決裁権者である。300万円以上は部長承認に加え事業所長の承認が要る | 2023年8月 調査報告書 p10・p18 |
⚠ 2点、正直に添えます。 1つ目は、東精エンジニアリングの規程は上場企業の本体ではなく子会社のものであること。2つ目は、これらは当社が調査報告書1,737本を全文で読み込んで抜いたもので、日本企業の平均ではないことです。「よその会社はこうだ」ではなく、「金額の階段と契約の類型の2つで決裁者が決まる」という形だけを持ち帰ってください。
確かめる順番はこうなります。
- その支出は、自社の規程でどの契約類型に落ちるか(購買か、工事か、業務の委託か、役務か)
- その類型で、その金額を決裁できるのは誰か
- その決裁者は、何を見て判断するのか(部門長と取締役では、見るものが違います)
2. 決まっていない項目を、1つも残さない
差し戻しは、全体が否定されて起きるのではありません。1項目です。 仕様が固まっていない、相見積もりが1社ぶん足りない、稼働開始日が仮置きのまま。そのどれか1つが、書類全体を止めます。
出す前に、「この欄は仮です」と自分が思っている箇所を数えてください。 0でなければ、まだ出す時期ではありません。埋められないなら、その項目だけを先に決める依頼として出す方が早く進みます。
3. 数字の出どころを、実績と見込みで分けて書く
ここは、当社が実際にご一緒した現場で最も多く見てきた点です。大型プラントメーカーの設計業務改革(Phase1・現在も検証中)で、設計費を3割減らす目標が全社に置かれ、各部門は外注の拡大やAIの試行をすでに始めておられました。工数のデータも、部門ごとにきちんと集まっていました。
6部門に伺って、その数字がどこから来ているのかを1つずつ確かめました。ある部門は予算値と目標値をそのまま入れ、別の部門は経験値(原単位)で入れていました。手戻り、調整、待ち。実際にいちばん時間を食っているものの実数は、どこにも残っていませんでした。
誰も手を抜いていません。ただ、実績として集めた数字と、見込みとして置いた数字が、同じ欄に混ざっていただけです。決裁者がその混在に気づくと、数字全体の信頼が落ちます。落ちれば、差し戻しになります。
⚠ この案件は現在Phase1(検証中)で、削減の実績は出ていません。 「3割減らせた」という話ではなく、「稟議に載せる数字は、実績と見込みを分けて書く」という一点をお持ち帰りいただければと思います。
経営会議の資料は、稟議とは別の問いに答える
稟議と経営会議の資料を、同じ内容で作っておられる方がいます。答えるべき問いが違います。
| 稟議 | 経営会議の資料 | |
|---|---|---|
| 答える問い | この金額を、この用途で使ってよいか | この投資を、いま会社としてやるべきか |
| 決裁者が見るもの | 規程との整合・金額の妥当性・手続きの完全性 | 戦略との整合・財務の妥当性・リスクの許容度 |
| 落ちる典型 | 決まっていない項目が1つ残っている | 「やらない場合にどうなるか」が書かれていない |
経営会議で最も抜けやすいのは、やらなかった場合の姿です。投資の効果だけを並べると、決裁者は比較する相手を持てません。比較できないものは、決められません。
投資テーマそのものの選び方と降りる条件については、研究開発テーマの絞り込みと撤退基準で書いています。複数年の投資計画に載せる順番は、技術ロードマップの作り方と中期経営計画の作り方が近い話です。
まとめ
- 設備投資の稟議が戻る原因は、様式の不備ではありません。 検索で出てくる記入漏れ対策は、技術部門の差し戻しにはほとんど効きません
- 決裁者は、金額の階段と契約の類型の2つで決まります。 自社の職務権限規程で、その支出がどの類型に落ちるかを先に確かめてください
- 決まっていない項目が1つあれば、その1つのために全体が止まります。 「仮です」と自分が思っている欄を数え、0でなければまだ出す時期ではありません
- 実績の数字と見込みの数字を、同じ欄に混ぜないでください。 混在に気づかれた瞬間、数字全体の信頼が落ちます
- 経営会議の資料には、やらなかった場合の姿を書いてください。 比較する相手がないものは、決められません
同じ主題を動画でも扱っています(稟議が戻ってくる本当の理由・6分55秒)。
稟議が戻る理由が毎回違って見えるとき、たいてい原因は1つ手前にあります。当社は製造業の技術部門の外部参謀として、論点の整理から決裁者に渡す資料の形まで、意思決定が前に進む状態をつくるところまでご一緒しています。お困りの段階が「何を決めるか」の手前にあるなら、一度ご相談ください。
いま止まっているテーマは、ありますか。
初回は、相談したいテーマと現状のお悩み、テーマの推進に掛けられる予算規模の2つを一緒に確認します。「まだ相談する段階か分からない」という状態でも構いません。
