研究開発テーマの絞り込みと撤退基準|続ける理由は書けるのに、やめる理由が書けない
公開 2026-09-02
研究開発テーマが絞れないとき、次の一手は「評価軸をもっと精緻にする」に向かいがちです。しかし現場で止まっているのは、評価軸が粗いことではありません。降りると決めたときに、誰が何を根拠に言えばよいかが、どこにも書かれていないことです。
テーマの選び方については、すでに多くの解説があります。事業インパクト、技術アセットの活用、差異化要素。どれも正しく、そして御社ではおそらく、すでに一度は書かれているはずです。
この記事では、その先だけを扱います。選び方は最小限にとどめ、撤退基準の書き方に集中します。
研究開発テーマが絞れないのは、評価軸ではなく降りる条件の問題
多くの技術部門で、テーマの棚卸しは毎年行われています。それでも本数が減らないのは、次の3つが同時に起きているためです。
- 続ける理由は、いつでも作れる
- 技術は進歩し、市場も動くため、「もう少し様子を見る」を支える材料は毎年見つかります
- 一方で、やめる理由には期限がありません。来年でも再来年でも言えることは、たいてい今年は言われません
- やめると言った人が、損をする形になっている
- 提案した本人が撤退を言い出すと、判断の誤りを認めた形になります
- 上長が言えば、現場のやる気を折った形になります
- 結果として、誰の役割でもなくなります
- 判断の場が、テーマの数だけ分かれている
- テーマごとの報告会では、他のテーマと並べて比べられません
- 比べられないものは、優先順位がつきません
この3つはいずれも、評価軸を細かくしても解けません。評価軸は「どれが良いか」を測る道具であって、「どこで降りるか」を決める道具ではないからです。
なお、現場の中では捨てる判断が下せない構造そのものについては、捨てる判断は現場の中では下せないで別途扱っています。
研究開発テーマの撤退基準は「3点セット」で書く
撤退基準は、「効果が見込めない場合は中止する」と書いた時点で機能しなくなります。効果が見込めるかどうかは、担当者の見立てで動くためです。
書くべきは、見立てが入り込まない3つです。
| 書く項目 | 中身 | 悪い例 | 良い例 |
|---|---|---|---|
| ①測る対象 | 誰が見ても同じ値になるもの | 有望性 | 試作品の歩留まり/想定顧客のうち有償評価に応じた社数 |
| ②降りる水準 | その値がいくつを下回ったら降りるか | 十分な水準 | 歩留まり40%未満/有償評価に応じた社数が5社中0社 |
| ③判定する日 | 「いつ」ではなく「何日」 | 適宜見直す | 2027年3月末の技術報告会 |
①〜③のうち1つでも空欄なら、それは撤退基準ではなく努力目標です。
書く場所は、テーマの企画書ではなく、進む前の合意文書
3点セットを企画書の末尾に書いても、読まれません。企画書は「通すための文書」であり、通った時点で役目を終えるためです。
次の段階へ進む承認を取るとき、その承認文書の中に書きます。
1. 今回の段階で確かめることを1つに絞って書く(例:この技術で狙う歩留まりに届くか)2. その確認に使う金額と期間を書く(例:600万円・6か月)3. 上の3点セットを書く4. 次の段階へ進む条件を、3点セットの裏返しとして書く
この形にすると、撤退は「失敗の宣言」ではなく「あらかじめ合意した分岐の一方」になります。やめると言った人が損をする構造が、ここで消えます。
段階で管理している会社は、何が違うか
ここまでは進め方の話です。では、実際に段階で管理している会社は、していない会社と何が違うのでしょうか。
一次データ:実現頻度が約7%高い
経済産業研究所(RIETI)が2019年度に公表した分析(執筆者は羽田尚子氏〈中央大学〉と池田雄哉氏〈科学技術・学術政策研究所〉)が、この点を定量的に扱っています。
- 使ったデータ:『第4回全国イノベーション調査』の企業レベルデータ。調査対象期間は2012年から2014年
- 比べ方:段階ごとに中間目標を置いて進捗を管理する会社と、条件の近い会社を統計的に対応づけたうえで比較
- 結果(原文の表記):「ステージ型管理法を採用する企業は属性の近い非採用企業と比べ、プロダクト・イノベーションの実現頻度は約7%高く、売上比率も約2%改善していた」
- 同分析は、市場に初めて出るタイプの新製品の平均売上比率が約3.5%であることを踏まえ、2.19%の改善は大きいと評価しています
⚠ この数字を読むときの注意を2つ、先に書いておきます。
- 段階管理の有無を、直接は測っていません。同分析は「調査対象期間に完了前に中止・中断した活動があるか」を、段階管理を採用している代わりの指標として使っています。つまり「中止した経験がある会社」と「そうでない会社」の比較に近い形です
- 調査対象期間は2012年から2014年です。10年以上前のデータであり、そのまま現在の水準として使えるものではありません
それでもこの分析が示していることは、当社の実務感覚と一致します。同分析は結びでこう書いています。「企業のなかには一度始めたプロジェクトを中止することすら難しい組織があるが、失敗をきちんと許容することができる組織の方がイノベーションに適していると示唆される」
当社の案件から:絞り込みは2軸で、ゴールは1つに限定する
当社が支援した電線・ケーブルメーカーの案件(海底ケーブルの保守サービスを新規事業にできるかの検討)で、実際に使った進め方を2つ紹介します。
- 起こり得るトラブルを幅広く洗い出したうえで、2軸で絞り込みました
- 軸1:そのトラブルが起きたときの損害の規模(顧客にとっての重み)
- 軸2:自社の技術で勝てるか(技術的な強み)
- 片方の軸だけで選ぶと、大事だが勝てない領域か、勝てるが誰も困っていない領域に落ちます
- 原本には、洗い出しが計39種類、注力対象が19種類という例が記載されています(例示として書かれた数であり、確定値ではありません)
- 最初の段階のゴールを、意図的に1つに限定しました
- この案件はStage1(事業仮説の立案)で、ゴールは「顧客セグメントと提供価値の仮説ができている」ことだけに置きました
- それ以上には踏み込まないと先に決めたことで、次へ進む条件を後から作らずに済みました
⚠ 段階を正確に書きます。この案件はPhase1、すなわち事業仮説を立てる段階までであり、サービスが立ち上がった、あるいは受注したという事実はありません。価値検証のヒアリングでは大手損害保険会社から前向きな反応を得ましたが、これは合意ではなく反応です。
まとめ
研究開発テーマの絞り込みで詰まっているとき、増やすべきは評価軸ではありません。降りる条件を、進む前の合意文書に書くことです。
- やめられない原因は3つ:続ける理由はいつでも作れる/やめると言った人が損をする/判断の場がテーマごとに分かれている
- 撤退基準は3点セットで書く:測る対象・降りる水準・判定する日。1つでも空欄なら努力目標にすぎません
- 書く場所は企画書ではなく、次の段階へ進む承認文書:撤退が「失敗の宣言」から「合意済みの分岐」に変わります
- 段階管理には定量的な裏づけがある:実現頻度が約7%高いという分析結果。ただし代理変数と調査時期の限界があります
この記事で扱わなかったこと:テーマの選び方そのもの(評価軸の設計)と、中長期の技術計画の描き方は、技術ロードマップの作り方と中期経営計画の作り方で扱っています。
出典
- 経済産業研究所(RIETI)ノンテクニカルサマリー「研究プロジェクトの中止・継続がイノベーションの成果に及ぼす影響とその決定要因:全国イノベーション調査による定量分析」(執筆者:羽田尚子〈中央大学〉/池田雄哉〈科学技術・学術政策研究所〉、2019年度、ディスカッション・ペーパー 19-E-094)
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/19e094.html
- 当社の案件知見(匿名化済み・台帳K-006「ケーブルメーカー」)
いま止まっているテーマは、ありますか。
初回は、相談したいテーマと現状のお悩み、テーマの推進に掛けられる予算規模の2つを一緒に確認します。「まだ相談する段階か分からない」という状態でも構いません。
